良いものなのになくなっていく

かつて農閑期に
一週間や十日

湯治に赴き
ゆったりと楽しんだ時間は

もう失われつつある

湯治と言っても

東北の寒村の
ほっかむりした爺や婆が

ただ風呂に入るだけとしか
脳裏に浮かばないと
貧相に思うだろうが

漁師は新鮮な魚貝を
農家は採れたての野菜と米を

たまに自家製の
どぶろくなど持ち寄り

湯治宿に集い
のんびりと風呂に浸かっては

宴に興じ
日常を忘れ楽しむ

それは
欧州の人が享受する
バカンスにも似て

贅沢で優雅な
ひと時であり

一泊や二泊で
ちょこちょこと出かけては

キチキチに詰まったスケジュールで
名所を巡る

現代の旅行が
時間と効率のために
犠牲にした

旅のもっとも良い部分を
味わう方法で

遠くにいる非日常を
実感しつつも

リラックスして
疲れを癒やす

昔の人の
知恵だった

それなのに

時間が取れない
時代遅れだ

金にならない
旅行会社に旨味がない

効率的でない
近代的でない

何一つ
妥当な理由なく

淘汰されていく

淘汰されてしまえば
もう戻れない

湯の価値も
くつろぐ時の価値も

金に換えられないものは
端に追いやられ

大切なのに
失われていく