小さな世界のために16

 保育園をやめた私は、一年と少し、何もせずに過ごした。

 家族は私は社会性を身につける機会がないことを心配していたのであろう。5歳になる時、幼稚園に通うことになった。

 初めての登園は緊張というより恐怖であった。怖い保母のイメージが繰り返し思い出され、また叩かれるのではないか、怒鳴られるのではないかと不安ばかりがあった。友達ができるか否かなど、二の次だった。

 だが、心配は杞憂であった。幼稚園の先生は、限りなく優しく、私は安堵に包まれた。行き帰りのバスの運転手さんも優しい人であった。

 わたしを受け持った先生は中年に至ろうかという年頃の女性で、子どもたちからも人気があった。今思えば、不可解なのだが、折に触れて先生はピアノの下や部屋の隅で、子どもたちにおっぱいを見せるのであった。私たちは、なぜか分からないが、先生をおっぱいを見たがった。

 名前を覚えた初めての友だちもできた。カミヤくんと言った。遠方から通っている子であった。お泊り保育という催しがあり、私たちは生まれて初めて家の外で一泊した。不安よりも、楽しみのほうが大きかったのを覚えている。山中湖の施設に行き、湖というものを初めて目にした。富士山もスズメバチも初めてであった。

 遊び疲れてカミヤくんと隣の布団で寝たのだが、朝方、カミヤくんが「お母さん」と叫んで泣きながら先生に抱きついていた。彼の心境は、当時も今も鈍い私には推し量ることが出来ないが、人の心細さが表れた顔は、未だに脳裏に焼き付いて離れない。