小さな世界のために14

 父の言ったこと。

 学問をやることの最も良いことは寛容さを養えることである。

 この一言は、私にとっていまだに心に浸透している。幼き日の私にとって、父はどこかよそよそしい存在であった。仕事の忙しさもあってか、父はいつも寝ており、入婿のために肩身の狭い態度であった。よく酒を飲み、酔って寝ている時にひどい言葉で愚痴を言っていた。

 プロレスごっこをした時、足にしがみついた私を父は何度も何度も蹴り飛ばした。諦めない私に父は本気になっていた。その顔に蹴りつけられる踵は、私を物理的にも精神的にも突き放すもので、今思い出しても悲しくなる。

 成人し、父と酒を飲むようになってから、父の寛容さに心打たれることが多くなった。父はほとんど怒らない人間であった。文学の話は尽きることがなく、何十年経っても、私にとり父は親友の如き存在として君臨した。いまだに親離れ出来ていないのではないかと思えるほど、父は優しき父なのであった。

 そんな父が弱っていく様を見るにつけ、私は自身の将来さえも暗い雲がかかるように感じる。知的な会話の相手として、養う対象あるいは養われる対象として、愛着ある父がいなくなった時、確実に私の生きる目的は減退する。