小さな世界のために8

 路地。

 生まれた家は憶えていない。生まれてすぐに区画整理があったからだ。

 物心ついてから、二十年かけて、家から駅までの区画整理が行われた。わたしの成長に合わせたように、道は広く直線的に置き換わっていった。故に、子供の頃の家の周りには、まだ路地が張りめぐされていた。

 遠くに見える百貨店。クネクネと曲がった道をゆく。何通りもの行き方があり、どれが近道なのか分からない。車など通れるわけもなく、通るたびに夕餉の支度をする匂いが漂い、夫婦喧嘩の声が聞こえる。何度通っても、何度も迷い、街の見え方が変化する。複雑で飽きることのない、怪しげな生き物としての路地。

 今ではきれいで見晴らしも良くなった。いかがわしさも、胡散臭さもなくなっただけ、つまらなくなった。真っすぐで透明性のある世界は、わたしが生まれ育ってきたこの社会の単調化と表層化、そして建前のきれい事に侵食されてきた世相の移り変わりを思い起こさせるものである。