小さな世界のために9

 路地の夜に渦巻く気配は、欲望と警戒、嬌声と恐怖であった。

 角に立つ街娼たち。取締の日には、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それを私服の警官と思しき男性が走って追いかける。

 どこからか女の悲鳴が聞こえた。男の怒号も。

 深夜のアパートで、ドアの外で向かい合う男女。ある時は男が女を殴り、またある時は女が男をひっぱたく。周囲などお構いなしに、怒鳴り合う声は闇の奥まで響き渡る。

 襲われる女性。自転車に乗り、後ろからカバンをひったくる者たち。

 無法地帯というほど暴力は満ちていなかったが、呑気に夜歩きなど出来なかった。酔って道端で寝る者も、喧嘩で倒れる者も、財布をなくしてさ迷う者もいた。張り詰めた緊張と、縛られない危険な伸びやかさと、自立しなければならないという意思を纏わせる空気が街に満ちていた。