小さな世界のために3

 後悔。

 人生を後ろ向きに生きること。

 これまでの人生が、人と比べてとりわけ不幸だったとは思わない。悲惨な出来事も幸運な記憶も一通り経験してきたつもりだが、決定的な断絶や過失はなかった。大したことのない人生であった。しかし、現在これほどの苦しみに悶ている。過去を振り返り、悪いことばかり思い出して、己を罰している。その考えの有り様は、深々と根付いてしまい、どう足掻こうと取り除けそうにない。

 ならば、集めるほかないだろう。記憶を手繰り、言語という形にして、その姿を観察する。出来上がったものが醜悪であろうが、あやふやなイメージを思い浮かべ、苦しげな方へ己を誘導している今に比べれば、はるかにましだ。何事もなければ、何事もなかったと確認すれば良いだけなのだ。

 生まれ落ちてから、何が私を変えてきたのか、振り返る。

 それは自伝というには粗末だが、創作とも言えぬ。それでいて、私のオリジナルであることに間違いはない。

 

 

小さな世界のために2

 己を取り巻く絶望が問題であった。

 内実などなくても良い。

 ただ無力さに襲われないため、己を守りながら、安らかに死に向かう方法論が欲しかった。

 世界の広さ、多様性、それらを知れば知るほど、自分の小ささが悲しく思えてくる。だから、複雑で魅力に溢れた現実と向き合うことはできない。小さくても、完結し、それでいて充実した何かを生む。そこには断絶があってもよく、悲劇も苦しみもあってもよい。だが、寛容や許容の名の下に、空虚が入り込んではならない。不自由は許せても、空っぽの自由は駄目だ。胸の奥にスカスカな風を吹かせてはならない。

 そう考えて、まずは地の重さ、足を引きずる愚鈍さに向かう。

 高踏で軽やかな詩などもってのほか。のっぺりとしてもずっしり重く、紙を黒く塗りつぶす散文がふさわしい。

 

 

 

小さな世界のために

 無力に苛まれ、己を諦めていたうち、自責と自棄の念はますます膨らみ、己が無のまま終焉することの恐怖が募った。生に意味を見出だせず、朽ち果てゆく自分を想像し、何もかもが失われ、滅びるだけの残りの時に、絶望を感じながらも、歯痒さといたたまれない口惜しさが湧き上がった。

 わたしは何をしたかったのか。

 何ができたのか、できなかったのかではなく、意思を省みなければ、このまま死にたくないと思った。

 金や名誉や毀誉褒貶を手に入れても、虚しくなるように思っていた。享楽に耽る機会は、これまでもあった。今さら、それら一時の浮かれ事に己を賭けたいとは思えなかった。

 自分自身の納得する行為を見つけたかった。それが周りから愚かに見えようと、気にせず埋没できる覚悟はあった。時は限られ、老いを感じ、完結が見えずとも、この先を生きていけると思える何かの希望にすがりたかった。

 

 

心戻る❜

凍りついた心も

徐々に解れ

 

日常を取り戻してゆく

 

熱いも冷たいも

痛いも痒いも

 

ゆっくりと

己の内に蘇る

 

傷つけど

壊れたままでなく

 

戻ってくるのだが

その心は

 

以前とは

どこか違って

しっくりこない

 

失われた

何かを忘れてしまった

 

何十年も付き添った

誰かと離れ

 

久しぶりに会った時の

気まずさにも似て

 

己の心に慣れず

 

戸惑いながら

着地点を探す

 

 

 

欲望相反

冤罪で囚われ

長き年月を拘束され

 

全て終わり

シャバに出てみれば

 

家族はいなくなっていた

 

何も分からず

慟哭する

 

何をすれば良いか

生きる意味すらも

失ってしまった

 

ああ

私にとって

 

家族こそ

人生そのものであった

 

絶望と空虚

 

だが

意識の下

 

確実に潜み

頭をもたげようとしている欲望

 

それは自由

束縛からの解放

 

悲しみの底にありながら

広がる世界を感じる

 

そんな夢をみた

 

 

 

精神の死

地獄にいると

心が死ぬ

 

大変な労働の中

週に一日でも休みがあれば

 

何をするか

考えるだろう

 

何ヶ月か働いて

長い休みが取れるなら

 

どこに行こうか

何をしようか

 

期待を胸に

現実に向き合い

 

あれこれと夢想して

時を過ごせるだろう

 

だが

休みもなく

果てもない

 

いつ終わるともしれない

苦行にあっては

 

希望を持つ余裕すらない

 

目の前の

作業だけがあり

 

日が昇っては沈み

また昇っては沈む

 

何日経ったのか

何曜日なのかも分からない

 

ただの機械として

常に追われている

 

すると

もう終わってほしいと

思う余裕すらなく

 

意味を問うことすら

疲れるだけに感じ

 

ただの死体と同じ

 

仕事という作業の中を

徘徊するグロテスクな半生物として

 

壊れゆく肉体と

運命を共にするのみ