漱石の残り香

則天去私と

漱石は言ったけど

 

私に塗れた小説を書き

死してなお

漱石の名は残り

 

去私などと

程遠い有様

 

漱石ほどに

私の隅の隅まで

暴かれた

作家も少なく

 

もはや

作家というより

 

私人としての振舞いが

あまりに知られた

有名人ですらある

 

それでもなお

個人として読まれ

個人として詮索されても

 

漱石の作品は

公であり

 

歴史や社会を扱った

鴎外のほうが

小説に拘泥する技芸者であり

 

漱石の文章は

どこまでも個人的で

どこまでも開かれている

 

弱く

悩める

読者の自我を

突くのである