2020-01-01から1年間の記事一覧

湖面の糸

動力を失った 孤舟ひとつ 流れてゆく 水の鏡面に 糸を引き 音一つなく 変わらぬ速度で 時が止まった 風景の中を ただ ゆっくりと このまま いつまでも どこかへ 消えてしまうまで

沈固

眠く だるく 肌は萎れ 目は萎み 頭の中に 疲労が詰まっている 何も考えられず 何も思えず くたびれた人形として うなだれ 固まっている 命はどこにあるのか 私はどこにいるのか だがやるしかない 生きるしかない 屍でないかぎり 前を向き 目を見開き 意思が…

瞼の裏

明るい青に 沈んだ赤 脳の奥から まぶたの裏に 浮かび上がり 電気のごとく走り 消えゆく 子供の頃から ずっと身近にあり いまも 正体がわからない 分からないままに 飼いつづけ 不安も 心配もなくなったが 疑問は そのまま残り 折りに触れ 頭をもたげる 死ぬ…

最後の匂い

人に ガンを告げられる いつも 何ということもなく 挨拶を交わし 世間話をする それだけの関係が もしかしたら 終わるかもしれない ニコニコと あっけらかんと 手術を告げられ さりとて 笑顔でいることも 気が引けて どんな顔をしてよいか 分からなかった ど…

フィルムの前で

ドーランを塗りたくった顔 照明に光る カメラの前の笑顔は 能面に似て いつ どこでも 同じ視線が 世界中へ放たれる 浮かび上がったセット きらめく虚栄の城 作り物しかない場所で つくられる心 花も嵐も 涙も笑いも 自由自在 そんな虚像を生み続ける 工場の…

私の景色

眠く 虚ろな眼に映る 海 波打つ浜辺 揺れる浜防風 夏の北の海 風そよぎ まどろみの中へ いざなう こんなところで死ねたら 微風と海潮 おだやかに 頬を撫で 横たえた体を 包んでくれる ただ一人 浜辺の風よ 波の音よ 脳裏に浮かぶ 私の景色よ

人の伸皮

銭湯の湯船に使っていたら 向こうから 男が チンコの皮を 引っ張りながら 歩いてきた 皮は トロンボーンのように 長く 伸び縮みした あんなに 長い皮を見たのは初めて チンコの皮を引っ張りながら 歩く人を見たのも初めて 驚き 感激した 人生には 新たな発見…

歯の無い男

あいつは いつも 飲み屋の片隅で 焼酎を飲んでいた 一品のつまみと 三合の焼酎 ちびちびと つまんでは呷り 呷る度に 顔が赤く 最後には どす黒くなる 赤黒くなるほどに饒舌 ニカっと笑った口の中には 歯は一本も生えてない こうして飲むため 何を失ってきた…

いつかの告解

甘い 美味しい香りに 誘われて 好き放題した やりたいように 欲望の赴くままに 酒池肉林も 博打も 何もかも そして 残ったのは 借金と病気 楽観と諦観 失望への納得 これだけ 遊んだのだ これだけ やりたいように 生きたのだ いいよ ダメでも 刺激と興奮が欲…

ビルの上から

今日の空は高い 人は小さい 眼差しが登れば登るほど 街は小さく ミニチュアのように ゴミクズのように チマチマして よく分からない 車もちっぽけなら 歩く人は ダニやシラミにも似て あいつら 一人一人に 大切な人生があるなんて 考えだしたら いたたまれな…

無意味からの逃避

姿なきものを生み 意味なきものに 意味を見出す 森羅万象を 人の生き様に落とし込み ただ過ぎていく現実に さぞ深淵を覗いているかのような 心へのアプローチを試みる 言葉の錬金術よ はじめに意味があったのではない 意味を生み 意味を問い 意味に価値を置…

金玉のいない風呂

たぬきの焼物の如き どす黒く 垂れ下がった でかい金玉の男 いつも銭湯で ぶら下がり健康器を使い 背筋と金玉を伸ばしていた いつからか 金玉は来なくなった 金玉 金玉よう お前の身に 何かあったのか 誰かと喧嘩したのか 体を悪くしたのか 金玉が来なくて寂…

不幸種

不幸のために 気が狂った 度重なる 幾度も襲う厄災に 精神が崩壊した 何度も 何度も 執拗に 終わることなく 不幸は訪れ 私の魂を 搾取してゆく 逃げようが 隠れようが 私は削り取られ 生命活動が 生めば生むだけ 奪われ 壊され 台無しにされてゆく この特権…

風寒く

風の中に 冷たさが混じる 鼻の奥まで通る 冬の足音 いつの間にか 季節は変わっていた 人の服も厚手 開放感も消えた 精神は 徐々に内に籠り 寒さに身を固め 家から出ることも減り 陽光は柔らかく 肌を焼く刺激は薄れ 慈愛に満ちた 温かみをもたらす やり残し…

下山

終わった 終わった 心は軽くなった もう踏ん張れない下り ガクガクする膝とともに 転がるように下りる 下り用心などという言葉は 満ち溢れる開放感の裏返し 名残惜しさはない ただ もう来られない思いが湧く 充実だったのか 徒労だったのか 分からないまま …

山頂

登頂した 達成感も 充実も あまりない ただ もう足を動かさなくて良い 登りからの解放で 安堵に満ちている 風に吹かれ 雲海を眺める 遠くの山が ポツリポツリと顔を出し 雲の上に浮かんでいる 疲労にまみれた全身に ろくな考えは浮かばない 呆然と眺め 眼に…

九合目

尾根の先に 終わりが見える 頂の空を 雲が走っている 止まると へたり込んでしまいそうだ 疲れを感じる神経にすら 気が行き届かない 目先だけ向いて 目はうつろ このまま 惰性で進むのみ もう終わるのだ 終わりなのだから

八合目

森林限界を越えた とおく続く瓦礫の尾根は 折れ曲がりながら 山頂へ向かっている 体力は尽きた 焼けつく痛みが 下半身に走る 靴の中の足は 豆でぐしゃぐしゃだろう 痛みすら 麻痺したようだ ただ 顔は上を向いてきた 行くしかない 行くしかないんだ 終わりは…

七合目

大きな山頂を眺めながら 休む 疲れた 疲れ果てた 歩きたくない 動きたくない 陽は未だ 上りきらず ジリジリと 肌に照りつける やめるなら ここが最後 石に腰掛け うつむき 自問自答する つらい しんどい だが ここまで来た 行けるか 大丈夫か 不安ならやめろ…

六合目

体が熱くなり 腿と尻には 鈍い痛みが走る 爽快さは消え 疲労が体に広がって 余裕は消える ここが山場 もっとも苦しいところ 体は動くが 痛みも大きい 目線は 徐々に下を向き 一歩 また一歩と 意識が足元に集まる ここを耐えれば 痛みは突き抜ける

五合目

ようやく頂上が見えてきた 疲労が湧き上がる 関節が痛む しかし まだ上を向ける 滴る汗を拭き 景色を眺めれば 眼下に広がる街は もう遠い ここまで来た あそこまで行く 視界良好の中に 決意が滲む

四合目

坂道が ルーティン 腿と尻と ふくらはぎに 疲れが出る しんどくなったら 腕を振れ 腕で登れ 前を向け 最後は 気力で登る 今は 体力で登る 山道らしい 辛抱がはじまった

三合目

ああ息が上がった 疲れがやってきた 道端の石に腰掛け 汗を拭う 山頂は大きく いまだ遠い 滴る汗が 石に落ちて 雫が跳ねた まだ まだだ これからだ 意思は 静かに燃えている

二合目

体は温まった リズムに慣れ 速さも掴んだ 鼻歌を出しながら 歩きながら 体の中を 点検する 疲れはじめるのは どこからか 膝は 足首は 呼吸は 順調の中に 不安を探す 道端の花も 日差しも感じながら 今のわたしは 体中がセンサー

一合目

山道は ゆっくりと 傾斜を上げた 体は 徐々に温まり 背のリュックの重み 反復する靴音が 馴染んでくる 疲労はない ただ予感のみが漂う

登山開始

気合と覚悟を抱き 登り始める 緑の山道 鳥の鳴き声 ここは まだのどか 気ばかり焦って 足が速くなる 同時に心は 先は長い 慌てるなと 語りかけてくる 疲れも 痛みも これからのこと 潜り込んだ今 山の姿は見えぬ

本物の山

青く遠く 高くそびえていた山が 目の前に 大きさ 険しさ 無骨な荒々しさに 圧倒され 登るのを 尻込みしてしまう 登らねばならぬのに

常夜燈

暗闇を ほんのり照らす あたたき常夜燈 いつもあり いつも変わらぬ 存在すら忘れ 無くなって はじめて気づく あってもなくても 同じなのでなく あることが 当たり前で 有難みすら忘れ 誰も気に留めなかった そんなものもある それでいいなら それもまたよし

齢をとって足掻く

自分には居場所がない 安住の地がないと 騒ぎ 叫び 地団駄を踏み かなしくてかなしくて さびしくてさびしくて 子供みたいに いつまでも 泣き言をやめない いい歳した おっさんたち そんなもの 当たり前だろ 安息など 夢のまた夢 ここにはないし どこにもない…

文友

かつていた 文学の友よ どこへ行った どこまで堕ちた 形なき 紙の上の精神を 追い続け お前は 何を得たか 文字の羅列に酔い 言葉の魔力を信じ 文学に 夢を託していたお前 今でも 文章を読んでいるか 文学を信じているか 道半ば 隠れるように 去っていったお…